「渦巻ける烏の群」(黒島伝治)

軍隊という無法で不条理な腐敗組織の姿

「渦巻ける烏の群」(黒島伝治)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

「渦巻ける烏の群」(黒島伝治)
(「橇/豚群」)講談社文芸文庫

松木・武石の
二人が所属する中隊は、
シベリアの雪の中を
黙々と歩いていた。
案内役のロシア人は
道に迷ったという。
やがて夕暮れが近づいてきた。
行き先にあるものは雪ばかり。
極度の疲労が彼らを襲い、
松木が倒れ、武石もまた…。

日本の反戦文学、というと
太平洋戦争を題材にしたものを
真っ先に思い浮かべてしまいます。
しかし本作品の発表は昭和3年。
シベリア出兵における
日本の軍隊の制度の
愚かさ・醜さを描いた作品なのです。

この中隊は、まさに死ぬために
任地へ派遣されたのです。
「徒歩で深い雪の中へ行けば、
 それは、死に行くようなものだ」

では、なぜ指揮官は
自分の中隊に対してわざわざ
「死に行くような」命令を出したのか?

嫉妬です。
自分が目を付けていた
現地のロシア女性の家で、
松木・武石の二人が仲よく団欒している
姿を目撃した指揮官の嫉妬なのです。
「彼は、嫉妬と憤怒が胸に爆発した。
 が、彼は、必死の努力で、やっと
 それを押しこらえた。そして」

二人の所属する中隊に、死が確実の、
理不尽な命令を下したのです。

作品の至るところに、
作者・黒島伝治の激しい怒りが
ぶつけられています。
「少佐の性慾の××になったのだ。
 兵卒達は
 そういうことすら知らなかった。」
「彼等をシベリアへよこした者は、
 彼等が、×××餌食になろうが、
 狼に食い×××ようが、
 屁とも思っていやしないのだ。」
「代りはいくらでもあるのだ。
 それは、令状一枚で
 かり出して来られるのだ。……」

戦争自体が愚劣なことなのですが、
日本の場合はさらに軍隊の内部で
おぞましいような
支配と服従があったのです。
それは昭和の大戦だけではなく、
このシベリア出兵における大正期から
ずっと続いていたことなのです。

黒島は実際に、若き日に
一兵卒としてシベリア出兵に
派遣されています。
本作品はそのときの体験をもとにして
書かれているのでしょう。
日本における、軍隊という
無法で不条理な腐敗組織を、
鋭くかつ激しく告発しています。

こうした優れた反戦文学が
昭和初期に登場したにもかかわらず、
私たちの国は愚かな歩みを
止めることなく、
太平洋戦争へと加速していったのです。

「そこには、
 半ば貪り啄かれた兵士達の屍が
 散り散りに横たわっていた。
 顔面はさんざんに傷われて
 見るかげもなくなっていた。」

本作品の悲劇的な終末は、
その後の日本の辿る道筋と重なります。

(2021.10.2)

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